トップ > ブログ-ベストウェスタンホテルニューシティ弘前 > 津軽ひろさき検定?Pt.14
津軽ひろさき検定?Pt.14
2009年7月 8日 18:04
毎月第2木曜日は、宿泊部 桑田プレゼンツ「津軽ひろさき検定」
?ベストウェスタンホテルニューシティ弘前版?!!
弘前は、知るほどに奥深い・・・
春夏秋冬?歴史・文化・観光・産業・地理・人々の暮らしにいたるまで、あらゆる角度から地域に伝わるユニークなエピソード、隠れたエピソードなどなどクイズ形式でもっと知ってもらうコーナーです!
解答は、次回発表します。
*****************************
まずは、前回(第13回目)の正解発表です。
答え ?旧藤田家住宅
6月8日のブログをご覧になった方はすぐわかったはず!!

旧藤田家住宅は1921(大正10)年に旧碇ヶ関村の村長宅を移築したものと伝えられています。
当初の建築場所は、現在地から100メートルほど北西にありましたが、建物の向きを変えることなく再建されました。
旧藤田家住宅が建てられた大正時代から第2次世界大戦までの時期は、日本住宅史上の一大変革期といわれ、「中廊下型平面」といわれる新しい様式で建てられています。近年、古い民家が解体されていく傾向にある中で、弘前市に現存する数少ない大正時代の住宅として貴重なものです。

藤田家の本家は松森町で酒造業を営む名家「高嶋屋」で、豊三郎の分家にともなって住宅が建てられました。
豊三郎の妻が、津島家の分家筋であったことから旧金木町の大地主・津島源右衛門の六男・修治(のちの太宰治)が、官立弘前高等学校在学期間中の1927(昭和2)年4月から1930(昭和5)年3月まで下宿していました。
修治の居室は2階奥の押入・縁側・出窓がついいた6畳の部屋で、ふすま1枚隔てた手前の部屋は、藤田家の長男本太郎氏が使用しており、小説を聞かせてもらったりチェスを楽しんだりと、親交を結んでいたようです。

2006年(平成18)年4月より「太宰治まなびの家」として広く公開しています。

「太宰治まなびの家」
所在地 : 弘前市御幸町9?1
時間 : 午前10時?午後4時
アクセス : 当ホテルより、徒歩15分
ちなみに・・・
?の旧梅田家住宅は、江戸末期の嘉永年間(1848?1854)に建てられた武士の住宅で、

?の旧伊東家住宅は藩政時代に代々藩医を務めた伊東家の居宅として建てられたもので、

いずれも弘前公園北門近く「仲町伝統的建造物群保存地区」にあります。
********************************
第14回目
弘前もようやく夏らしくなってきました。
来月はいよいよ、ねぷた祭りです!!
問題 「弘前ねぷた」の掛け声はどれでしょう?
?ラッセラー
?ヤッテマレ
?ヤーヤ・ドー
それでは、次回もお楽しみに☆★☆
トラックバック(0)
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.bestwestern.co.jp/cgi-bin/mt41/mt-tb.cgi/188
